対案は必要

「対案を出せ」論法について - モジモジ君の日記。みたいな。
対案がなきゃ批判しちゃイカン等と言論封殺する気はないけど、対案も何もなく批判されても何の発展もないんですよねー。


しかも、その批判が噛み付きのようなものだっだら、噛み付かれた・貶められたという不快感以外に何も残らない。
つまりは、単なる罵倒に限りなく近づいていく。最悪は罵倒以外の何者でもなくなる。


大上段から人様を批判するなら、やはり何らかの対案を出しすべきでしょう。それが「お前のやってることを止めれば好転する」という場合も含めて、、
対案も何もないなら、あまり上段から押さえつけるような言い方は控えた方がいい。


そもそも、他人から批判されると言うのは不快なことです。
それでも何かしら発展があれば受け入れられるけど、そうでなければ受け入れられないのは当然のこと。
「対案を出せ」を非難する前に、その批判に何か発展はあるのか、批判する意味はあるのか、考え直した方がよいのだはなかろうか。


ん?お前が考え直せ?
何の発展もない批判はしてないつもりだけど、、批判対象に都合が悪いことは仕方ないしね。問題を解消する方が先だから。